ニアミス




どうやら電車の延滞に巻き込まれたらしい蘭を、カフェでミステリー小説を読みながら待っていた新一は何処か見覚えのある男を見掛けた。
刹那、脳裏に過るシルクハット。
ああ、アイツか。モノクルに隠された宿敵の素顔の奥は、確かあんな顔をしていたはずだ。
ヤツが纏う独特の雰囲気を、(かなり薄れてはいるが)数メートル先で腕時計を見ている男は間違えなく漂わせていた。
だがこうして見てみると普通の少年である。新一は若干表情を鋭利にし、彼を観察する。恐らくは同い年くらいだろう。先程から時計や携帯を気にしている点からしても、誰かと待ち合わせ中か。
新一は口端を持ち上げる。
女、か。
彼は他人の色恋沙汰への関心は薄かったが、あの怪盗の彼女には大層興味があった。つまりは好奇心。単なる出歯亀。
探偵の観察眼とは異なった類の視線に幸か不幸か怪盗が気付くことはなかった。


数分後、怪盗の表情が動いた。
来たか。
新一は薄く笑う。彼は宿敵の視線の先を追い、―――軽く目を見張った。
其処に現れた少女は彼の恋人とよく似ていた。

"あの手の顔に弱くてね"

いつぞやのヤツの台詞が甦る。そうか、あれは額面通りの意味だったのかと深く納得する。
てっきり挑発されたのかと思ったが、と新一は苦笑した。
怪盗と女の趣味が似ているなんて嬉しくもなんともなかったが、ヤツの弱味を握った気がして少しだけ愉快だ。
こっちの交遊関係だけ筒抜けなのは不公平だったからなと新一は肩を竦める。
改めて怪盗の彼女を観察する。
少女――、という冠がぴったりな彼女は、蘭とは確かに似ていたが纏う雰囲気が違っていた。
蘭はここ数ヵ月で急激に大人っぽくなった。時に"少女"と称すのに抵抗を感じるくらいに。
"女"に近付いているのだ、蘭は。幼さの残る彼女と蘭との差違は色気だ。
新一は導き出した答えに満足する。どんなときにも解答を導き出さなきゃ気が済まない性分には正直呆れるが、蘭に色気が備わってきたという事実を認識できたことは良かったと思う。蘭が外部に与える印象を客観視しておくべきだと新一は考えていた。一種の独占欲である。
新一が思考の海に浸かっている間に怪盗とその彼女は姿を消している。新一はそれに気が付くも意識は既に彼等から離れていた。



***



「おまたせ」

更に数分後、やや息を切らした蘭がいつの間にかテーブルの前に立っていた。

「ごめんね。待たせちゃった?」

すまなそうに眉を下げる蘭の表情は確かに何処か艶がある。

「まあ、"そう"させたのは俺だし?」
「は?」

訝しげな眼差しを寄越す蘭を尻目に新一は己が蘭に施した影響に満足した。





(恋愛面は探偵の方が怪盗よりリード)